らうんどあばうと

ラウンドでアバウトでランデブー

4.7

僕には意味がある。

僕には意味がある。

僕には意味がある。

だから僕はこの場所にいつづける必要はない。 必要なんかではない、僕はこの場所にいるべきではない。僕には意味があるから。

今日のお昼は陽気だった、ベンチでパンをひとつ食べた。 僕はここにいるべきではないと考えながら食べた。 スーツが記号なのではなく、僕自身の方が記号であるかのような気持ちで食べた。

大勢の人間が歩いていた。僕は何もしたくない。

4.1

何もない。ある意味では僕にあるのは"死"だけだ。

"ある意味では"だと?どんな意味かも知らないくせにそんなことを言ってどうする。

僕はもうだめなんだ。騙し騙しやっていったとしても、すぐに剥がれていくだけだ。 僕はここにいても後は駄目になってしまうだけで、恥辱を晒すのみだ。 そして、"ここ"とはここ以外のどこでもそうだ。 死。死。

レシピ

まず、空を用意します。次に雲を空に拡げます。
空と雲が同じくらいになるようにします。
雨雲はいけません。薄くたなびいているものにしましょう。
雲が流れていくうちに、夕陽で茜色になった空が見えます。
それが夜のはじまりの合図です。
薄暗くなってきて影もなくなるくらいになったら空に月を飾りましょう。
形はお好みです。どのような月でも構いません。
月明りが曖昧にぼうっと照る頃になったら、その月明りで空に星をつくります。
偏りのないように空一面につくります。暖かいものや冷たいもの、ひときわ輝くものなどいろいろな星があった方がいいでしょう。
星座をつくったならば名前をつけておくのも忘れないようにしましょう。
やがて夜が落ちてきて、じわりじわりと静かになってきます。
本当に静かになったとき、目を閉じましょう。
そうしたら夢の中だけで完成です。

【2021/1】副題:やめる

僕はたとえ同性に対してでも名前を呼ぶのが苦手だ。特に男同士、しかも友達のような関係性を持つ場合だと呼び捨ての形で呼び合うことが多いが、僕は呼び捨てが一切できない。子供のころならあだ名というものがあって、それなら問題なく呼ぶことができて大助かりだった。下の名前が珍しい人に変なあだ名を勝手につけて呼んでいたらそれが定着してしまったことがあり、これは申し訳なかった。しかし、年齢を重ねるにつれてあだ名を使える機会は減ってくる。ほとんどないといっていい。相手からすると、名前を呼ばないことから生じる僕のコミュニケーションの違和感は僕全体に対してまで拡張されるだろう。以上のことは僕にかなり悪影響を及ぼす原因となっていると思う。

仕事をしない日に対して使用されるオフの日という表現は、仕事をする日がオンの日であるという意見に基づいているが、これは気持ちが悪いものだ。表現には2種類あり、ある対象があったとしたとき、その対象から与えられる印象を自然に表現した言葉と、すでに用意された枠内に対象を収めるための言葉があり、オフの日というのは後者の方だ。それほど一般化するような話でもないことはもちろんだが、つまりオフの日というのは恣意的な表現だ。オフの日という言葉を使うことで仕事をする日がオンの日ということをも同時に表現していることになり、そうすることで何か物欲しがっているような感じがする。

同級生を身障(身体障碍者の略語)とよんだことが発覚し、クラス全員の目の前で担任の教師に胸倉を掴まれて物凄い剣幕で怒鳴られたMくん。小学なん年生かは忘れたが、あれはまさしく教育であったなあ。

僕はもういい年齢だし、実質的には借金もある。

ある程度生きてきたなら誰でもそれに応じてある程度は自分のことが分るものだ。僕は文句を言い続けるだけで自分では絶対に何もしないし、何に対しても関心がないということが完璧に理解できた。

キーボードを叩くのが面倒なだけで、横になって呟くだけなら僕はいくらでもぐちぐちと文句を垂れ流すことができるだろうな。いや…。そんなことはしないのだから結局それもできない。

あるインターンシップの記憶。グループワークをやらされたが、僕は最後の最後まで一言も喋らなかった。最後には少し喋ったが、あれは喋ったのではなく喋らされていただけだった。真向かいに座っていた女が僕に向けていた軽蔑の視線。

僕はこうやってブログを書くのを少なくとも2ヶ月はやめることにする。

【2020/12】

胸元が大きく開いたコート、あれは暖かいのだろうか。なぜかボタンをとめずマントのようにして歩いている人が大勢いるが、ボタンをぜんぶとめたとしてもガラ空きになっている胸から風が入ってきそうに思うし、あれほど大きくて重そうなのに防寒性が見合っていない気がするけどどうなんだろう。

僕に対して多くの他人が抱く印象は多分:ストレンジ。

だが僕は奇人変人の枠には入れられないだろう。奇人変人という枠にはそうではない人間を凌ぐ程度のなんらかの能力がある人間という仮定が暗黙のうちに置かれており、僕はそれを満たさないからだ。僕はただストレンジな印象を与えるだけだ。

上品に整えられてシワのほとんどないシルク地のスカートを履いて、ヒールを鳴らしながら甲高い声で男と話す年増。

レジの若い女の丹念に磨きあげられた指の爪が照明を受けて桃色に火照る。

あるものに10のプラスがあったとして、もしさらに1のマイナスがあったとすれば僕はその1のマイナスのために10のプラス全てを無視するようになり、あるものに対して10のプラスまで含めてぐちぐちと文句を言う。

社会的に良いこと、素晴らしいとされていること、受賞、社会貢献、etcをした人間に対して「え~すごい!」と言ってのけたときの充実感。僕だってそういうことを言えるのだ。全く自分が誇らしい!「え~すごい!」と言うことが共同体への参加資格を得ることになるのだ。胸を張って鼻息でも出そうという気分になる。その人間がどんなことをしたかはどうでもいい。「え~すごい!」と言うことだけが肝要なのだ。とにかく言えばいい。そして参加資格を得ていることが大切なのであって参加することは必要ではない。そもそも誰も参加していないし、参加資格があるからといって何に参加することになるかも知っていない。資格を持っていることだけに意味があって、資格を持っている人間は資格を持っている人間に対して規則違反以上のことをしない。

Amazonの欲しいものリストの大部分を消去した。かなりの数にのぼっていたが、欲しくないものを欲しいものリストに入れておくのはおかしいものである。

「俺には意味がある!」往来の多い街中で気違いが叫んだ。「俺には意味がある!俺は意味を見つけてやった!おまえらには意味があるのか?あるとすればそれは責任があるからだろうが!俺は責任をぶっ壊してやった!責任なしで俺には意味がある!」気違いの周りにだけ空間が広がっている。「さあ並べ!俺がおまえらの責任をぶち壊してやる!とっとと並べ!一列に並べ!行儀良くだ!」気違いは乱暴な身振り手振りをしている。むやみやたらに踊っているようにしか見えない。警察官がふたり来た。誰かが通報したのだろうが、気違いが喚きだしてからおそろしくはやい到着である。気違いは警察官に囲まれてからも大声を出しつづけていて、さらには警察官を振り切ろうともしていたが、突然「ぐっ」と言って顔を真っ赤にしてその場で気絶した。警察官はどこかに連絡をしている。おそらく気違い病院にでもかつぎこまれるだろう。

さまざまな人間がいたほうが将来に渡っては結果的に人間種の価値になるのだという理由で殺されていない無価値な僕。

こんなことをキーボードを叩いて入力することの馬鹿々々しさ、くだらなさ。それは想像の及びがたいほどである。