らうんどあばうと

ラウンドでアバウトでランデブー

【2020/10】副題:なし

今月は体調を壊してしまった。去年もこの時期に体調が悪くなったのだった。

困ったことになっていてどうしようと思っている。

本好きなやつが嫌い。

詩と題して投稿することを毎月するのはやめることにした。僕は意味の無いことはもうしないようにしようと思うからだ。

自転車などで公道を走っていて前の車や通行人が邪魔だと感じたとき、はよいけ!などと口に出しそうになるあたりに自分の育ちの悪さを感じまする。するするまする。

僕自身本当はどういう仕事をしたかったのかと考えると、肉体を使う仕事がしたかったと思う。重いものを運搬することや、走り回って汗だくになりながら仕事場を駆けずり回ったりすることがしたかった。もちろんそれはそれで体によくないのはわかるが…。

科目としての生物や歴史が好きな人は社会に出ても人間関係で揉めずにうまくやっていきそう。というのが僕の偏見でごぜえます。

僕は本当はなんにも関心がない。

ピロカルピンの『メトロ』をもう一回聴いてみているけど、やっぱりいい曲。この曲調を地下鉄に見立てたのはすごく自然で、ライトを点けた電車がトンネルの中を掘るようにずんずん進んでいく状景が浮かぶ。

僕は何から何まで付き添いのような人間だ。帰りたいのに行事の準備があってそれを無視できずに一応集団の中に入って形だけ行動はするものの頭の中は別のことだらけでいっぱいな人間だ。僕は生きている人間に付き添っているだけの人間だ。先を行く人間が生きていることを使い果たして死んでしまっても僕は付き添っているだけで生きていなかったから死ねず、生きていることを取り戻そうとして来た道を帰ろうとするもその途中でついに動けなくなって死ぬこともできない人間だ。

ああ。

【詩】Have fuan

(ファンファーレの音)
(遠ざかるファンファーレの音)
(ひと通りの静寂)

ふぁんふぁん・・・
ふぁんふぁん・・・・・・不安を攪拌しつづけるファンの音
すみずみまで行き渡って換気は間に合わず
ファンキーなリズムで次々に割れはじめる檻の窓
色づいた不安
白黒の不安
点滅する不安
謎めいた不安
ふぁんふぁんふぁん・・・・・・

からのペットボトルに不安を注いだ
八割くらいのちょうどいい不安
蛍光灯に透かすと煙になった
蓋をあけて吸って煙草みたいに吐いて・・・
ああ・・・気持ちいいね?
もくもくもくもくもく・・・・・・影も煙になって・・・・・・

【2020/9】副題:おめでとう

多分そのうちブログかくのなんてやめていくと思う。こんなとこで書いても仕方ないし。だんだん涼しくなってきた。涼しい飛び越して寒い。今月は、特に何もせずにいたらなんとなくひと月が経っていた、という感じだった。記憶がない。来月もそうかもしれない。みんな結構適当にやってるんだなぁと思う。厳密なことなんてほとんどなくて、当てのない勘でやっている。それでもみなさんうまくいっていらっしゃるようで、ええ?いいですねえ。頭が痛いし肩も凝るし。僕は、例えば、明日急にインターネットがどこでも繋がらなくなったら、とかを思ってみる。サーバーが全部ぶち壊れて、電波という電波が使えなくなったらちょっと面白いよなぁと思ってみる。別に通信のことじゃなくてもいいんだけど、そういうことがあったら面白いよなぁって思う。あるタイミングで地球上一斉に重力が反転したらやっぱり面白いし、日本語も英語もドイツ語も通じなくなって、それぞれの個人に特有の言語があるだけでお互いに話が通じなくなったら面白い。僕はなんでそういうことが起きないかよくわからないけど、まあみなさんが起きないことを前提にして過ごされているので、多分起きないんでしょう。ああ…。

逆切れという言葉がある。怒られるようなことや間違ったことをしてしまって、そのことを責められている際にイライラした態度をとること。どこが逆なんだろうか。責められたことに腹が立ったから切れるのは、全然逆じゃないと思うのだけれども。責められて嫌な気持ちになったから順接的に切れただけであって、逆というのはおかしい。したがって逆切れではなく順切れである。

僕が言ったことは屁理屈であるという人間は大勢いよう。しかしどうだろう。屁理屈という言葉そのものが屁理屈ではないだろうか。こう言うと、また屁理屈が始まったと思われるかもしれない。ある捉え方を屁理屈だと決めつける、この行為の間にはどのような理屈が存在しているのだろうか。屁理屈という言葉を使う人間は、この行為の狭間にある理屈がどのようであるかという部分を全然意に介さない。つまり、屁理屈という言葉を使ってしまうことで、その対象である捉え方に対して全くのはじめから無視してしまうことを決定する。屁理屈という言葉が使われる場合の大概は、局所的、限定的に見れば理屈が成り立っているというのが僕の思うところである。だから、屁理屈だと言われた方が納得することは有り得ない。屁理屈だと言ってしまったら、言われた方は自分の理屈を否定されたように感じ、今度は相手の理屈を否定しようと考え、粗探しが始まってどんどん不毛になる。

第一、理屈なんてものが不毛なのだ。算数じゃないんだから。理屈なんてあってはたまらない。だから屁理屈という言葉を使ってしまいそうになる状況においては、端から何もかもが屁理屈である。こんな状況の最中で屁理屈という言葉を使っても、ナンセンスに感じられて仕方ないのが理屈というものである。

おめでとうという言葉がある。他人の祝い事に対して使う言葉。結婚や就職といった人生スケールにおいて大きな出来事の成功から、ほかの小さなことまで含めたさまざまなことの成功に対して使われる。しかし、おめでとうと言う人間は、一体出来事のどの部分に対してこの言葉を使っているのだろうか?その成功そのものに対して言っている人間がほとんどである。ぼくはおめでとうという言葉を使うとき、非常に神経質な気分になる。しかし使わない訳にはいかない。おめでとうと言うべき場面で言わない選択肢を取ってしまうことはリスクが伴うからである。他人、特に全くの他人ではなく知人以上の関係性を持つ人間の成功を祝えない人間は疎外されやすくなってしまうからである。おめでとうと言うべき場面ではおめでとうと言っておけばいいのである。これはもちろんおめでとう以外にも当てはまるものではあるが。僕はおめでとうという言葉をその成功そのものに対して使いたくない。形式的な習慣に収まってしまうからである。本来、祝福を表すために使われてきた言葉であるおめでとうが、その成功に対して脈絡もなく反射的に使われていることが僕を神経質にさせるのである。僕もそういう言葉を使ってはいないかと。だが僕もそういうおめでとうを使ってしまっている。だから僕はおめでとうと言いたくない。しかし…。言わないわけにはいかない。言わないにしても、こんなことを説明してしまうわけにはやはりいかない。そんなことをしても哀れみの目で見られるだけだ。哀れみを向けられるのも当然おかしなことだとは思うが。

まあこんなことをここで書くのって時間の無駄でしかないんだけども…。

僕のおかしいところ。例えば応援してる球団があるかと聞かれたとき。適当に、阪神ですねとでも答えとけばいいのに、一応阪神ですけども、こう聞かれたときに阪神だと答えるだけで、特段普段から応援してるわけではないです、話のタネとして阪神とは答えますけども、まあ、それ以上ではないですね、なんてことを付言してしまうこと。

人間が人間を蔑むことの愚かしさ。といって、階級が上の人間が下の人間を蔑むのは自然である。確かに人間は社会的には同一平等でないのであるから、この経済社会の下で暮らしている人間がそういった感情を持つことは普通のことである。しかし、それは愚かしいことである。道徳上の理由とかでなしに、それは愚かしいことである。

例えば一芸能人のファンとかが、その対称人物を過度に持ち上げる、言ってしまえば神格化することはとても気持ちの悪いことだと思う。その逆もそうだ。

もう一回言うが、こんなことをここで書くのって時間の無駄でしかないんだけどもな…。

【CD感想】TEAM ROCK / くるり

打ち込み系のサウンドが目立つアルバムで、タイプの違うシングル曲3つが際立って良いです。なんだかんだくるりはシングル曲が突出しているな、と感じさせられるアルバム。また、『ばらの花』と『リバー』に挟まれた『迷路ゲーム』も浮遊感を持たせたサウンドの方向性として個人的にお気に入りな曲です。中盤までは退屈してしまうときもありますが、『トレイン・ロック・フェスティバル』以降の流れが綺麗。完成度は『THE WORLD IS MINE』には及びませんが、ポップな雰囲気もあって聴きやすいと思います。


1.TEAM ROCK ★★★☆☆


2.ワンダーフォーゲル ★★★★★

1曲目は半分おふざけな感じですが、そこからガラっと変わってアップテンポなこの曲。、何回も聴いていると、最後のサビが長いなあと感じるときもあります。


3.LV30 ★★★★☆


4.愛なき世界 ★★★★☆


5.C'mon C'mon ★★★☆☆


6.カレーの歌 ★★★☆☆


7.永遠 ★★★☆☆


8.トレイン・ロック・フェスティバル ★★★★☆

短くて良い。


9.ばらの花 ★★★★★

これはやっぱり何回聴いても良い曲です。電子音とベースの絡まりが聴いてて一番気持ちいい。僕はサビよりむしろAメロが好きです。タイトルはバラでも薔薇でもなくて、ばらなのが良いんですよね。


10.迷路ゲーム ★★★★★

『リバー』と共通するような淀んだサウンドが至高です。『リバー』とはもちろん雰囲気が違いますが、『リバー』の底面にある空気感はこの曲とかなり一致するところがあるように感じられて、より一層この曲が好きになりました。


11.リバー ★★★★★

カントリー調で気楽に歌う、くるりの大名曲だと思います。『遠い夜明けよ 泣き言聞けよ』が好き。くるりはこういうあっさりした曲が一番好きです。『五月の海』、『さっきの女の子』しかり。


TEAM ROCK

TEAM ROCK

  • アーティスト:くるり
  • 発売日: 2001/02/21
  • メディア: CD


【曲感想】目が明く藍色 / サカナクション

サカナクションはあまり聴きませんが,コンセプトアルバム『kikUUiki』,特にこの『目が明く藍色』は気に入っています.中盤のオペラのような展開は印象的です.何よりも最後の大サビが,それまでの流れ,ひいてはアルバム全体を浄化するさまは圧巻です.雄大な広がりを最後に見せてくれるのが,聴いてて気持ちいい.


kikUUiki

kikUUiki

【詩】夜の電車はがたんごとん、人生ぷかぷかいい気持ち

この快速電車に乗っている人はみな、どこか疲れているように見える。若い女も中年の会社員もおなじようにしどけなく俯いて座っている。僕にわかるのは疲れているという部分だけで、それぞれがなぜ疲れているかはわかりようがないところである。そして僕は、涙が出そうになるのをずっと堪えたままで座っている。僕が大声をあげて泣きたいこと、僕がなぜ泣きそうなのかということ、それをここにいる誰がわかろうか。みな自分の疲れで手一杯である。僕がなぜ悲しくいるかを、例えばここに書いてもどうしよう。書いても意味がないことである。僕の悲しみと後悔と憎悪は僕のものである。若い女の疲れは若い女のもので、中年の疲れは中年のものである。それぞれがそれぞれのものを持っている。もちろん自分だけのものにしなくてもいいのである。それぞれがそれぞれの方法で分けあえばいいだろう。どちらを選ぶにしても、僕としてはそれぞれがそれぞれの中で上手にやってくれることを祈るだけである。しかし。僕のものは僕のみのものである。どうして分けあう理由があるだろうか。僕は僕のみの心で今ここにいる。
そして僕たちは、ひゃく年も経てば多分みないなくなるだろう。ひゃく年でないにしても、にひゃく年も経てばみな滅びるに違いない。僕たちはその事実をいつも曖昧にしてしまって、引き出しの一番奥にしまったままにしている。それをわざわざ引っ張り出してくるのは道理ではないとみなが思っている。そうだろうか。そうではないと僕はこの心で考える。本当はとても不思議なことである。僕たちは引き出しをあけて、いまだ新しいままでいるそれを机の上にもってくるべきである。きっと僕たちこそが考えなければいけないことだろう。僕のみではない。僕たちである。
ここまで考えて僕はひとたび目を閉じる。僕だって十分疲れているのである。そして僕は電車の音に合わせて、こんな歌をうたう。

笑った 日は いい気持ち
怒った あとも いい気持ち
野良猫 見て いい気持ち
誰かを 助け いい気持ち
誰かに 助けられて いい気持ち
憎む気持ち 悔やむ気持ち いい気持ち
ざいあく 感 あるし
どうしようもない 夜 あるし
泣いても かわらないけど…なくし

涙のあわがぷかぷか (ぷっかぷか)
僕の人生ぷかぷか いい気持ち
ずっといい気持ち
涙がかわかなくても いい気持ち いい気持ち いい気持ち

【2020/8】副題:なし

僕は、自分が人に好かれる人間じゃないことを知っている。僕は、自分が社会的あるいはそうでないにしても価値がある人間じゃないことを知っている。僕は、僕が他人を見下していることを知っている。しかし他人は僕のことを見下そうとすらせず、僕のことを気にもしていない。

マスクがあっつい。

僕は今のところ毎月、詩ということにしている文章をここに書いている。これからどんどん時間がなくなってくるだろうから、そんなこと書いていられないかもしれない。しかし、僕はこれを毎月書いてやろうと思っている。書いてやろうと思っている。こう決意したからといって、それが何かを意味するわけではない。僕の決意はそもそも決意にはなることができない。書いてやろうと思ったからといって、それが何かの理由になるわけでもない。そんなくだらないことが何かの理由になるなんてありえるだろうか。

来月はちゃんともっと振り返りらしいことを書こう。