らうんどあばうと

ラウンドでアバウトでランデブー

【2019/5/21】

まあ、なんというか、帰り道のゆるやかな上り坂で思ったことだけど、死にたいと思いながら死ぬるのが一番良くて、死にたいと思いながら生きるのが一番悪いな、なんとなくだけど。

今週は帰る時間が遅くなる。

今日は気分が良くて、だから叫びたい気分だった。もっと気軽に叫べる社会だったらなあ。

僕は僕のことを大変に偉い人物だと思っているので目上の人間に対して一般的には失礼とされる行為をしてしまいがちなのであるが、これは自覚しながらやってしまうというよりむしろ意図的にやっている部分があって、チャラい、適当だなどと判断されてあまり好かれないこともあるのだろう。意図的というのはつまり僕自身の偉大性からして感じてもいない敬意を払う必要など微塵もないためであり、またそうしなければいけない理由を考えたことなど一瞬たりともない連中のご機嫌取りをするのは僕の偉大さに反しているからでもある。僕の偉大さが分からないというのは非常に残念だという気持ちがあって、これはしかし仕方ない、僕の僕に対する視線と僕以外の僕に対する視線と言うのは正反対であるから、おそらく彼らの視線が僕に辿り着くまでに様々な障害物があるためだろう。例えば、僕に纏わりついているくだらない情報すなわち単に類別のためでしかない記号、先入観、視線の所有者が勝手に気にしている優越感や劣等感。本当に残念だ、哀れとさえ思う。ただ、実は僕自身も哀れなのだ。なぜなら僕はきっと僕が認めている以上に偉大であるから。僕以外が僕の偉大さに触れることがないように、僕自身も僕の偉大さの全容を知り得ることはできないのだ。それもまた同様の理由によって示されることである。