らうんどあばうと

ラウンドでアバウトでランデブー

【2019/3/20】

今朝起きた時、どこかいつもと違うような感じがした。体が硬くて、自分の意志からワンテンポ遅れてから動く。そうかそうか、ほかの人間に当てはまるものは僕にも当てはまるものなのだ、と思った。そのうちに動けない朝が来るかもしれない。いや、いつかそのような兆候が現れるであろうことはずっと前から分かっていた。だからこそ、それが兆候だけに収まらず現実として表面化した時の対抗策をこれまで考えていたのだろう。つまり、今まで練り上げてきた策に従えばよい。セーフティネットは張り巡らせていたつもりであったけれど、どうやら疎の部分があったらしい。対抗策。それはこれまで考えていたはずなのに、いざこの状況になるとうまく思い出せない。どうすればいいのか分からない。準備を怠ったな。僕は何にしても準備不足だ。この時間は完璧に無駄な時間だ。明日になれば、今朝の気持ちも忘れているかもしれない。だから対抗策なんて意味のないものなのかもしれない。それでも、毎日もう元に戻らない何かを消費している感覚は常にある。こんなことを書いてどうなる。書かないほうが良いのかもしれない。書かなかったら明日には忘れているのかもしれない。僕の問題は僕のものでしかない。そこに誰も介入することはできないし、介入することができるなどと宣う人間は介入を試みようともしていない。他人の問題を自分の問題かのように解釈し、欺瞞を振りまいて浅はかで自己完結の満足を得ているだけだ。私を信じていいよ、と言ってくれる人間が目の前に現れたとして、それで誰かが救われるのか。誰かはその存在によって救われるのではなく、その言葉を心の底から信じられた時に初めて救われるのだ。信じられるだけの余剰を残している人間のみが他人によって救われるということだ。僕もほかの人間と同じなのか、なんだ、つまらない。すれ違いもしない人間と同じなのか、本当につまらない。書かないほうが良いのかもしれない。